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“日本一”たる所以、その知識量だけにあらず-時計ジャーナリスト 広田雅将-

PEOPLE|2016.4.30 Photography:Satoru Hirayama
Text:Natsu Noguchi

時計との出会いは中学生。しかも、アンティーク

「彼は日本で一番多くの時計を見ている人。その知識の豊富さから業界内では“博士”って呼ばれているほどなんだよ」。
木村社長から事前にその情報を耳にし、襟を正してお迎えしたのは、時計専門誌『クロノス日本版』主筆で時計ジャーナリストの広田雅将さん。延べ1000本以上の時計を購入し、独自の審美眼で時計業界から一目を置かれている。

話から察するに、威厳と大御所感漂う方を想像していた。しかし実際お会いすると、柔らかな物腰にマイルドな口調。「時計ほど面白いものはないですよ!」とにこやかに語る広田さんの佇まいに、“日本一”の世界を覗いてみたくなった。

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まずは、広田さんの時計との出会いから遡ることにしよう。最初に時計に触れたのは、お父様の『モノ・マガジン』の時計特集を読んだ中学生の時。
「本の中の時計を見た瞬間、かっこいい!って純粋に思いました。そして、思い立って中学2年生の時に、東京・青山にあるアンティークウォッチ店へ。必死に貯めたお小遣いで、〈CYMA〉の3針式の手巻き時計を買いました。それが人生初の時計です」。

その後、〈MOVADO〉の手巻き時計、さらに高校入学時には〈OMEGA〉のコンステレーション、大学入学後はアルバイトで貯めたお金で〈Sinn〉の手巻きのクロノグラフを購入。学生時代から時計と密な時間を過ごしてきた。しかし、次に気になる時計があれば、コレクションの一部を手放し、新たな時計を手にしてきたという。

「時計は見てかっこよくて、楽しい。だから、色んな時計が欲しくなります。でも極論、時計を着ける腕は一本。“所有する”ということにこだわらず、たくさんの出会いを重ねて来ました。そのおかげで、時計に対する見方は多少養われましたね」。

出会いと別れを繰り返し、現在の選ばれし時計は5本

そうやって、時計との出会いと別れを重ねてきた広田さんのもとには、現在5本の時計が残っているという。

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「今のコレクションのなかでも、〈Laurent Ferrier〉と〈Moritz Grossmann〉は、個人的に気に入っている、いわゆる“オタク”ブランド。この2つはつくりが非常に良い。でも、良い時計と一口にいっても、2つのベクトルがあると思うんです。“工業製品として良い”か“工芸品として良い”かどちらか。それでいくと、このブランドは2つとも工芸的ですね」。

そして、「以前はおじさんぽくて好きじゃなかったんだけど…」とその日選んだのは、〈GRAND SEIKO〉のクロノメーター。洗練されたフォルムで、すっきりとした印象の一本だ。

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「年齢や社会的立場の変化とともに、好みもマインドも変わってきます。身に付けるモノも然り。だから、この〈GRAND SEIKO〉のシンプルさも今だからこそしっくりきています。それは、自分とは何か、が少しは分かってきたからかな。オッサンになったということかもしれませんけど(笑)」。

手間と価値と金額のトータルバランス

さらに、広田さんは“時計がその金額たる理由”を語れる貴重な人物であると、木村社長が語る。高価な時計がいかような行程と時間を辿り、今の値段がついているのか理由を語れるのは、実にかっこいい。

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「角の磨き、ケースの磨きにひとつに関しても、100分の5mmだと緩いけど、1000分の1mmだとエッジが効き過ぎている。職人さんは長年の感覚を武器に、そういうミクロの世界にこだわっているんです。これぞ職人技。実際に時計職人とお酒を飲みながら話をしていると、時計づくりの裏に隠された苦労話や自慢話を色々と教えてくれるんです。その流した汗が価値=値段になります。時計はブランドビジネスですが、あくまでも工業製品。ヘタな値段にはなりません」。

さらには、「今では宇宙にも行ける人類が、直径3、4cmの世界であれやこれやと試行錯誤する。そこにロマンを感じずにはいられません!
とも語る。つくり手のこだわりや精巧さ、歴史、エピソードなど、その時計が持つフィロソフィーを知れば、値段以上の価値を感じられる。そんな運命の一本に出会うためには「専門店で買うべき」と広田さん。

「どの時計を買うのかと同じくらい、どこで・誰から買うのかもとても重要。オロジオさんのような専門店のスタッフは、見ている時計の本数が違うんです。つまり目が肥えている。だから相談しても、的外れな答えが返ってこないんですね。そしてスタッフが頻繁に変わることはないので、付き合いが長くなるほど、自分に合った的確な提案をしてくれるようになる。もちろん、不具合があったときでも安心ですしね」。

印象を変えたい時は、メガネと時計を変える

「デザインの視点から言うと、時計はメガネと一緒。時計の針、インデックス、ラグ、ベゼル。細いほどドレッシーで、太いほどスポーティな印象です。自分をどう見せたいか、選ぶ基準はそれに尽きます。実は文字盤の数字も意味があるんです。基本的に、アラビア数字は庶民の数字、ローマ数字は貴族の数字と考えられています。だから、フォーマルな場ではローマ数字の時計が正解なんです」。

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文字盤の針ひとつとっても、そのデザインにいたるまでの理由やこだわりがあり、バックグラウンドを知るとなおさら面白くなる。何より、時計を語る広田さんの口調は常に軽やかで、とても楽しげ。冒頭のひと言「時計の世界ほど面白いものはない」という言葉を実証するように、自然とその世界にぐいぐい引き込まれていく。

そして、最近の傾向、今後の時計業界についても語ってくれた。
「ここ5年くらいの開発競争は一段落し、時計は“装身具”だという認識が強くなりました。その意識変化から、素材はもちろん、ケース、文字盤などのクオリティが格段に上がり、数年前と見た目も全く違う。もちろん値段も上がりましたけどね(笑)。あと最近はシンプルなデザインの時計が見直されています」。

琴線に触れたモノ・コトをみんなとシェアしていく

「こういった話はお酒を飲みながらすると、さらに楽しいんですよ!」と、お酒を飲むのが大好きだという広田さん。

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お酒の相棒は、「出張先でいつもまとめ買いするんです」というお気に入りの〈Nat Sherman〉のタバコだ。

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そして、「これすごく良いから、一本吸ってみてください。ぜひぜひ!」と私たちに優しく差し出してくれた。

人種、国籍、立場が違っても、時計を共通言語に、あらゆるブランドの時計職人や時計愛好家と、杯も時計論も交わしてきたであろう広田さん。そうやって、自身の琴線に触れたモノやコトをさっきのタバコのように、これからも惜しみなくシェアしてくれるだろう。すると、時計だけといわず、色んなことを聞いてみたくなる。「ねぇねぇ、博士!」。近いうちにそう呼んでしまいそうだ。

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information

広田雅将
時計ジャーナリスト 広田雅将
1974年大阪府生まれ。時計専門誌『クロノス日本版』主筆の傍ら、国内外の時計賞で審査員も務めている。趣味は旅行、温泉、お酒を飲むこと、食べること。共著は『アイコニックピースの肖像名機30』『ジャパン・メイド トゥールビヨン』。監修として『100万円超えの高級時計を買う男ってバカなの?』。
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