スーツスタイルについて一家言……いや、137家言あり
月刊誌にて装いについてのコラムを連載してきた笹川さん。そのコラムは少々辛口。ズバリと本質に切り込む痛快さが人気で12年間続き、記事の総数は137本にもなった。「ファッションジャーナリスト」という肩書きを添えさせていただきたいくらいだが、本職は大名の紳士服店「Gentry Complex/ジェントリーコンプレックス」と「CADETTO/カデット」の代表である。スーツの着こなしを本質的に格上げしたいなら、笹川さんの語るスーツ考が特効薬になるかもしれない。
スーツは世界の共通言語
私たちが知るスーツのスタイルが確立されたのは、今から150年以上前。もとを正せば、イギリスの貴族階級が身に着けていたもの。現在のスーツの位置付けは、世界の服の“共通言語”といえる。世界の国々の公用語が英語であるように、スーツは公式の場の正装として認知されている。
そのような背景から、「スーツで一番大切なのは、様式美なんだよ」と笹川さん。そして、一番避けたいのが自己流に走ることという。着物の着付けや生け花の流儀などに置き換えてみると、わかりやすいかもしれない。着こなしやアレンジは、歴史の中ですでに洗練されている。粋に見せようと、闇雲に目新しいものを取り入れても、その道から逸脱しては無粋になってしまう。
毎シーズン、新たなトレンドが発信されるが、それらはスーツ150年の歴史の中ですでにアーカイブされたものが基本。イタリア・アメリカ・フレンチのテイストや、丈の長短、幅の大小を掛け合わせて、グルグル回っているのだと捉えればいい。それらのエッセンスをどう取り入れるか。匙加減で粋にも無粋にもなる。
ビジネスウェアという社会的な側面を持つスーツ。「個人的な嗜好は控えめに取り入れるくらいが、ちょうどいい」と笹川さんはいう。
信頼される装いを仕立てる店
着物ならば呉服屋を訪ねるように、スーツもやはり、紳士服店のアドバイスを求めるのが賢明だ。それも、販売のプロとして、大人が大人の着こなしを提案できる店がいい。笹川さんが経営する「Gentry Complex」と「CADETTO」 でも、もちろんそれが叶う。
「“顧客満足”を履き違えちゃ、いけないよ」と笹川さん。客の要望に応えることだけで、満足してもらうのではない。オーダースーツ店ならば、顧客の魅力や個性を引き立てるスーツを提案してこそ、だ。「お客さんの言われるがままにスーツを作るなんて、とんでもない!」と、コラム同様、歯に衣きせぬ名調子の笹川さん。本当の意味での顧客満足度を高めている。
店には、エグゼクティブも多く訪れる。笹川さんのアドバイスした着こなしは、身に着ける人の信頼感を高めることにも、一役買っているのであろう。「息子の成人式のスーツも」と、20年後の約束を交わす顧客もいるそうだ。
標榜するのは、イタリア・ナポリのスーツ
紳士服店の代表という職業は、「趣味と実益を兼ねている」そう。笹川さんが持っているアイテムは、ほとんどが経営する両店で並んでいるものだ。最近お気に入りのアイテムは眼鏡。「CADETTO」で取扱いのあるイタリアのサングラスブランド「Persol」のフレームに、レンズを入れた。
靴も鞄も財布も手帳も、アイテムの色はすべて茶系で統一している。手帳は10年間使い込んでいるイギリスの「Filofax」。その中から、雑誌の切り抜きがでてきた。スーツを粋に着こなすダンディーなイタリア人である。
笹川さんが標榜するのは、スーツの最高峰といわれるナポリのスーツ。そのイメージを手帳に忍ばせるとは、56歳の現在でも格好のいいものへの好奇心は止まないよう。「たまたま持っていたんだよ」と笑うのだが。そして、次なる展望については「あるけれど、言えない」とニヤリ。何やら楽しげな企てがある様子。笹川さんの次なる一手を店舗で目撃するのも楽しみだ。